皆様どうもこんにちは。筆致俳句【HITCH-HIKE】Soleilでございます。
このところの地震の多発に、否が応でも暗い不安を感じてしまいますが、皆さ
んは避難袋とか、用意していますか?
わたしは…………してません。しないとなぁ、とは思っていますがなかなか…。
きっとドタバタしているであろう永田町でも、避難袋が間に合わなかった感が渦
巻いていそうな気がします。
前回の記事で『日本三大盆踊り』についてご紹介しましたけれど、
地震にも『富士山三大噴火』といわれているものがあります。
中でも、江戸の中期に起こった宝永大噴火は、比較的最近のものでもあり多数の
記録が残っているので
どこかで聞いた(または読んだ)ことのある方も多いのではないでしょうか?
富士山の噴火する直前に大きな地震があり、地震後はその火山灰で長く人々を困
らせたという天災です。
今考えても、その苦労は計り知れないものですが、日本には「転んでもただでは
起きない」という風習がずっとずっっっとずぅっと昔からあるのを忘れちゃいけません。
こういう天災や飢饉、または今の与野党逆転のような、政に大きな変化がある度
に育った文化があるのです。
『狂歌』
狂歌(きょうか)とは、社会風刺や皮肉、滑稽を盛り込み、五・七・五・七・七
の音で構成したの諧謔形式の短歌(和歌)。
狂歌の起こりは古代・中世にさかのぼり、狂歌という言葉自体は平安時代に用例
があるという。
落書(らくしょ)などもその系譜に含めて考えることができる。独自の分野とし
て発達したのは江戸時代中期で、享保年間に上方で活躍した鯛屋貞柳などが知ら
れる。
特筆されるのは江戸の天明狂歌の時代で、狂歌がひとつの社会現象化した。
狂歌には、古今集などの名作を諧謔化した作品が多く見られる。これは短歌の本
歌取りの手法を用いたものといえる。
近代以降、狂歌は全くふるわず、現在でも愛好者の多い川柳と対照的である。
Wikimedia誰もが知るような名歌を捻って、時事ネタを織り込んだり、
またはわかり易く風刺してみたり、と
文字より音で情報が伝播していった時代には、時勢を知る何よりの情報源だった
のでしょうね。
(★…狂歌/☆…元歌)
☆これやこの行くも帰るも別れつつしるもしらぬもあふさかの関@蝉丸
↓
★これやこの 行も帰るも 風ひきて 知るも知らぬも おほかたは咳
前述の宝永大噴火の時に詠まれたものです。
火山灰で気管を病んだ人が多かったことが伺える一句。
地震は火砕流による被害の辛さが詠まれていない事も、
江戸の風流(ふりゅう)だったのかも知れませんね。
★白河の清きに魚のすみかねて もとの濁りの田沼こひしき
白河は、寛政の改革を行った松平定信の領地で、前任者・田沼意次の裏のある政
治の方が良かった、という歌。
そういえば先月まで季節はずれの幹線道路工事が、至るところで行われていまし
たね。ふむ。
★金は内藤志摩守 すそからぼろがさがり藤
これは今の長野県にあった信濃岩村田藩内藤家の藩財政が困窮していたことを詠
んだもの。
財政難が極まり、藩内外の商人からした借財でしばらくを凌いでいた領主・志摩
守への狂歌です。
しかしこの領主、不真面目だったわけではないんですね。こんな逸話が残ってい
ます。
領民から借りた金が返せなかった志摩守は、借金返済の代わりに鯉を配りました
。
しかし領民は「殿様からいただいた鯉は食べられぬ」と用水に放流しておいたと
ころ、
その鯉が増えて、名高い『佐久鯉』になった、というのです。
さがり藤は家紋。金は内藤=金は無い、なのでしょう。
wikipediaにもあるように、川柳とは対照的にローカルになっている狂歌ですが
ある種、タブロイド紙の見出し年鑑を読むのと似てるかな、というくらい、面白
さがあるのも事実。
興味のある方はこちらなんて、オススメですよ。
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